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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)312号 判決

原告

桂秀光

被告

東京都人事委員会

右代表者委員長

野村鋠市

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

右指定代理人

中村次良

外一名

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

友澤秀孝

外二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告東京都は、原告に対し、金五万円及びこれに対する平成六年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京都人事委員会が平成六年六月一日付けでなした同委員会にかかる平成五年(措)第六号事件の判定処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告東京都人事委員会(以下、被告委員会という)に対し、地方公務員法四六条に基づく措置要求(年次休暇〔以下、年休という〕取得に関する不平等取扱いの是正及び教員の海外旅行に関する東京都教育委員会〔以下、都教委という〕による許可制の廃止を求めたもの)を認めない旨の判定の取消を求め、被告東京都(以下、被告都という)に対し、右処分の違法及び年休の違法な取得制限を理由に国家賠償法又は不法行為に基づく損害賠償を求めている事案である。

一  前提となる事実(証拠の記載のあるもの以外は争いのない事実)

1  原告は、平成六年当時、東京都立大森高等学校(以下、大森高校という)の定時制で勤務する教諭であったが、同年三月二九日、被告委員会に対して地方公務員法四六条に基づき①大森高校の校長岡村忠典(以下、岡村校長という)及び教頭小栗洋(以下、小栗教頭という)は、原告の年休の取得(時季指定に対する時季変更権の行使等)に関して不平等な取扱いをしないこと、②都教委は、教員が年休を取得し又は休日等を利用して海外旅行をする場合において、当該旅行についての許可を要するとの取扱いを廃止することを求める措置要求を行った(乙一、五)。

2  被告委員会は、平成六年六月一日付けで、別紙記載のとおり、原告の各措置要求をいずれも認めない旨の判定(以下、本件判定という)を行った。

二  争点

1  原告の年休の取得(時季指定に対する時季変更権の行使等)に関して他の教員と比較して不平等な制限をする取扱いがなされているか否か

2  教員の海外旅行に許可が必要であるとの取扱いの適否

三  当事者の主張の要旨

(原告)

1 小栗教頭は、平成六年一月一九日午後七時三〇分ころ、原告に対し、化学準備室において、定時制の成績会議を行う同年三月一〇日及び一一日並びに進級判定会議を行う同年三月二四日に原告が年休を取得しようとすれば、出勤するように職務命令を出すかもしれず、職務命令を無視すれば処分問題に発展するかもしれないと申し向けて、右日時に年休を取得しないように圧力をかけた。

2 原告は、昭和五七年五月二四日に校内暴力事件の被害者となったため、右手に障害が残り、その治療のために病院への通院を続けており、平成六年三月二四日も通院予定であったが、前項の小栗教頭による圧力のため、やむを得ず出勤した。そのため、原告は、平成五年度末で年休の残日数が二一日となり、次年度に繰り越せる年休日数が二〇日であるので、一日分の年休を有効利用できなかった。しかしながら、山岸宏教諭(以下、山岸教諭という)、仲瀬亜子教諭(以下、仲瀬教諭という)及び加藤清隆教諭(以下、加藤教諭という)は、同年三月二四日に年休を取得した。また、同年三月一〇日及び一一日には原告以外の教員が年休を取得しているし、仲瀬教諭は年間一四日以上年休を取得している。

3 原告は、前二項のとおり、年休を取得しようとすると大森高校管理職から圧力をかける等されており、他の教員と比較して差別されて不利に扱われているところ、憲法一四条、三一条、地方公務員法一三条、労働基準法三九条に反する右の不平等取扱いの是正を求める旨の被告委員会に対する措置要求を行ったが、認めない旨の判定が行われたので、その取消を求める。

4 都教委が教員の海外旅行に関して許可制をとり、その申請も四〇日前を期限としていることは、他の職種には許可制が適用されておらず、他の教育委員会では許可制をとっていないところもあり、憲法一四条、二二条、二五条、三一条、地方公務員法一三条に違反するから、右取扱いの廃止を求める旨の被告委員会に対する措置要求を行ったが、認めない旨の判定が行われたので、その取消を求める。

5 原告は、被告委員会の右のとおり違法な本件判定により損害を被り、また前記1ないし3項の大森高校管理職による違法な年休取得制限より損害を被ったところ、その損害額は五万円に達した。原告は、被告都に対し、国家賠償法又は不法行為に基づき五万円の損害賠償を求める。

(被告ら)

1 原告の主張1の事実は否認する。

2 同2のうち、原告が昭和五七年五月二四日に校内暴力の被害者となったため、右手に障害が残り、その治療のために病院への通院を続けており、平成六年三月二四日も通院予定であったことは不知、原告の平成五年度末で年休の残日数が二一日となり、次年度に繰り越せる年休日数が二〇日であること、仲瀬教諭及び加藤教諭が同年三月二四日に年休を取得したこと、同年三月一一日に原告以外の教員が年休を取得していること、一四日以上の年休を取得する者がいたことは認め、山岸教諭が同年三月二四日に年休を取得したことは否認し、その余は否認ないし争う。

3 同3は争う。

岡村校長及び小栗教頭は、大森高校定時制課程教員の年休の時季指定に対する時季変更権の行使に関し、原告を含む全教員に対し、教員不在の場合における業務への支障の有無・程度、その他代替教員の配置の難易等の事情を考慮して判断するという取扱いをしていた。大森高校定時制課程教員の中で平成六年三月一〇日に年休を取得したものはいなかった。同年三月一一日には渡辺愛子教諭(以下、渡辺教諭という)が年休を取得したが、同日、風邪による発熱のために成績会議に出席できないこと、当日の成績会議には担任及び担当教科のクラスの会議はない旨の連絡があったため、時季変更権を行使しなかった。同年三月二四日には仲瀬教諭及び加藤教諭が年休を取得したが、仲瀬教諭については同年三月一五日に時季指定があり、当日の進級判定会議に担当の生徒がいなかったので時季変更権を行使しなかったものであり、加藤教諭については同年三月二四日に風邪による高熱のため会議に出席できないこと、補習及び追試験をした生徒は全員合格した旨を各担任へ連絡済みである旨の連絡があったため、時季変更権を行使しなかった。

原告は、平成六年三月一〇日、一一日及び二四日に年休の時季指定を行わなかったものである。

したがって、原告の年休取得に関する不平等な取扱いはなく、原告のこの点に関する措置要求を認めない旨の被告委員会の判定は正当である。

4 同4のうち、都教委が教員の海外旅行に関して許可制をとり、その申請も原則として四〇日前を期限としていることは認め、他の職種では全く自由に海外旅行が認められていることは否認し、他の教育委員会では許可制をとっていないところがあることは不知、その余は争う。

都教委は、都立学校(都立大学及び都立短期大学を除く)及び区立学校に勤務する常勤の職員のうち、都教委を任命権者とする者で、教育公務員特例法二条により教育公務員とされる者(教育公務員特例法施行令三条による準用規定の適用のある者を含む。以下、教員という)と学校事務職員等とで海外旅行の取扱いに関して差異を設けている。教員の海外旅行に許可を要するとする取扱いをしている理由は、①長期間になる場合があること、②飛行機の欠航等により当初の予定どおり帰国できない場合があること、③担当業務の内容及び性質から当該教員が不在では教科指導、生活指導、特別活動指導等に支障を来す場合があること、④代替勤務者を確保することが困難であること、⑤学校においては、保護者の授業参観、体育祭、文化祭、生活指導等を休日等に行う場合があること等による。

したがって、教員の海外旅行に関して許可制をとり、学校事務職員等とで差異を設けていることは正当であり、原告のこの点に関する措置要求を認めない旨の被告委員会の判定は正当である。

5 同5は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(原告の年休の取得に関して他の教員と比較して不平等な制限をする取扱いがなされているか否か)について判断する。

1  証拠(乙六、七、一二、一三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、毎年単位不認定の生徒を出しているにもかかわらず、平成五年まで四年間続けて三月における一ないし三年生の進級判定会議に欠席していた。

(二) 大森高校の小栗教頭は、平成六年一月一九日、原告に対し、平成六年三月一〇日及び一一日に行われる成績会議と三月二四日に行われる進級判定会議に出席するように申し向けた。原告は、進級判定会議に出席して、その場で他の教員からどのような要請が出されようとも一度出した評定は変えないので出席しても意味がない旨を主張していたが、三月二五日の終了式の日を年休とし、四月八日の始業式の日を一月一五日に行った無線部合宿の代休としてもらえるならば出席する旨を回答した。

(三) 原告は、平成六年三月一〇日、一一日及び二四日につき、いずれも年休の時季指定をしなかった。

(四) 大森高校定時制担当の教員で、平成六年三月一〇日の成績会議当日に年休を取得した者はおらず、同年三月一一日の成績会議当日に年休を取得した者は渡辺教諭、同年三月二四日の進級判定会議当日に年休を取得した者は加藤教諭及び仲瀬教諭であったところ、岡村校長は、右いずれの年休の時季指定に関しても、時季変更権を行使しなかった。なお、渡辺教諭から同年三月一一日、同日に年休を取得する旨の連絡が入ったところ、その内容は風邪による発熱と担任クラスの成績会議は前日に終了して同日の成績会議には教科担当クラスはないというものであり、仲瀬教諭から同年三月一五日、三月二四日に年休を取得する旨の連絡が入ったところ、その内容は進級判定会議の対象となる担当生徒がいないというものであり、加藤教諭から同年三月二四日、同日に年休を取得する旨の連絡が入ったところ、その内容は風邪による高熱と補習及び追試験をした生徒は全員合格した旨を各クラス担任へ連絡済みであるというものであった。

(五) 大森高校における年休の時季変更権の行使に関しては、当該教員が不在の場合における業務への支障の有無・程度、その代替教員の配置の難度等の事情を考慮して校長と教頭で判断する取扱いであった。

2  原告は、平成六年一月一九日に小栗教頭から、同年三月一〇日、一一日及び二四日に年休を取得しようとすれば、出勤するように職務命令を出すかもしれず、職務命令を無視すれば処分問題に発展するかもしれないと申し向けられて、右日時に年休を取得しないように圧力をかけられたと主張するが、一月一九日の小栗教頭と原告の話合いについては、右1(二)認定の事実のとおり認められ、小栗教頭が原告に対して年休を取得しないように不当に圧力をかけた事実はないものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない(なお、仮に、小栗教頭が三月一〇日、一一日及び二四日に原告から年休の時季指定があっても変更権を行使する可能性を指摘し、変更権を行使した場合にこれを無視して欠勤した場合には処分問題となる可能性がある旨を指摘したとしても、成績会議及び進級判定会議の重要性、前記認定のとおり原告が毎年単位不認定の生徒を出しているが、前年まで四年間これに出席していないことを考慮すれば、これをもって年休取得に関して不当に圧力をかけたものとは認められない。)。

3  また、前記認定のとおり、原告は平成六年三月一〇日、一一日及び二四日に年休の時季指定を行っておらず、その他に岡村校長及び小栗教頭が、原告の右日時における年休取得を制限した事実も認められない。なお、原告に対しては平成六年三月一〇日、一一日及び二四日に出勤するように申し向けながら、渡辺教諭、加藤教諭及び仲瀬教諭の年休取得に関して変更権を行使しなかった点については、前記1(四)認定のとおり、右各教諭の年休取得が風邪による発熱等の緊急の理由によるものか又は各会議における判定対象となる生徒を担当していない場合であることを考慮すれば、これをもって原告に対して他の教員と比較して年休取得に関して不利な取扱いをしているものとは認められない。

4  前記1での認定事実、証拠(乙六、七)及び弁論の全趣旨によれば、その他、岡村校長及び小栗教頭が、原告の年休取得を制限して他の教員と比較して不利に扱っている事実は認められず、憲法一四条、三一条、地方公務員法一三条、労働基準法三九条に反する旨の原告の主張は理由がない。したがって、被告委員会の右の点に関する原告の措置要求を認めない旨の判定は正当であり、原告の請求は理由がない。

二  争点2(教員の海外旅行に許可が必要であるとの取扱いの適否)について判断する。

1 証拠(乙八ないし一一)及び弁論の全趣旨によれば、教員の海外旅行について、東京都公立学校職員服務規定(昭和六三年都教委訓令第八号)一三条二項には「別に定めるところにより別に定める者の許可を受けなければならない」と規定され、都教委教育長の定めた「学校職員の海外旅行について」(昭和六三年九月一日六三教人職第二八〇号)には、休業期間外は七日以内を原則とし、休業期間中は年休の範囲内とし、休日等のみを利用する場合は休業期間中の年休による旅行の例による等の許可基準と、許可権者への書類提出を原則として四〇日前までとし、緊急時には仮許可の手続きを行うこと、休業期間外は都教委教育長が、休業期間中は学校長がそれぞれ許可権者となること等が規定されている。

2 教員の海外旅行に右のとおりの許可制がとられている理由は、①国内旅行と比較して長期間になる場合が多いこと、②国内旅行と比較して飛行機の欠航等により当初の予定どおり帰国できない事態の発生する可能性が高いこと、③担当業務の内容及び性質から当該教員が不在では教科指導、生活指導、特別活動指導等に支障を来す場合が多いこと、④代替勤務者を確保することが困難であること、⑤学校においては、保護者の授業参観、体育祭、文化祭、生活指導等を休日等に行う場合があること等によるものと認められる(乙八、弁論の全趣旨)。

3 原告は、教員の海外旅行に関して許可制をとり、その申請も四〇日前を期限としていることは、他の職種には許可制が適用されておらず、他の教育委員会では許可制をとっていないところもあるので、憲法一四条、二二条、二五条、三一条、地方公務員法一三条に違反すると主張するところ、前記1で認定のとおり教員の海外旅行に関しては許可制がとられているものの、許可の基準が定められており、その内容は合理的なもので必要以上の制限を加えているものとは認められないこと、前記2で認定のとおり教員の海外旅行に右のとおりの許可制をとることには合理的な理由があることを考慮すると、右許可制は適法であり、原告の主張は採用できない。したがって、被告委員会の右の点に関する原告の措置要求を認めない旨の判定は正当であり、原告の請求は理由がない。

三  原告の被告都に対する請求について判断するに、前記一及び二で判断したとおり被告委員会の本件判定は適法なものであるし、前記一で認定及び判断したとおり、大森高校管理職による原告に対する違法な年休取得制限の事実は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告都に対する請求は理由がない。

四  以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。

(裁判官片田信宏)

別紙〈省略〉

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